J.B‘LIFE

J.Bの日々連想的なブログです

One more time one more chance

一面に広がる緑の中に白い絵の具を垂らしたようだった。9月29日、また夏の日差しが残る秋の初めだった。

小さな、今にも消えてしまいそうな白。

見失わないように、私は白に向かって走った。

 

「緑地公園に白い猫がいた」

ウオーキングから帰ってきた夫が興奮した様子で私に報告してきたのは9月28日だった。

「猫?コンビニのとこの猫じゃなくて?」

「ちがう!コンビニの野良猫家族は黒と茶虎でしょ?真っ白の猫!はじめ鷺かと思ったよ!ミャーって言って僕に甘えてきてさあ~~」

巨体の夫は動物が好きだが動物には嫌われるのでよほど嬉しかったのだろう。白い猫のことを子供の様に話した。

「ふうん。よかったね。可愛かった?」

「可愛かったけどさあ、大丈夫かなあ?あの猫~~~」

夫のとりとめのない話は半分聞き流し、その日まだウオーキングしていなかった私は緑地公園に行ってみることにした。

 

 暑い夏が和らぎ、過ごしやすくなっていた。緑地公園は遊具など何もない河川沿い1㎞にわたって遊歩道を整備した芝生の公園だ。

 この時まで私は猫に触ったことがなかった。目も爪も尖っていて、『ひっかかれたらどうしよう』『野良猫って不衛生なんだよね』と思っていた。一日1万歩あるくという自分に課したノルマと興味本位で公園に行っただけだった。

 

 公園の真ん中のベンチの下に、白い小さな生き物はいた。あっけないくらい無防備にそこにいた。両手で包み込めそうな白い物。そっと近づいた私を見上げると、逃げるでもなく座り込み、私が背中に触れても動かなかった。『触らせてくれた!』

 私は柔らかなその感触に取りつかれたようになった。怯えさせないように、逃げ出さないように、でも撫でたくて、そっと、そっと、私は手を伸ばした。小さな頭を上げた。猫は宝石のような碧い目をしていた。青くて清んだ眼で、白は心細そうに私を見た。

 10分もそうしていただろうか?緑地公園は地域のウオーキングコースになっている。『野良猫にエサをやるマナーの悪い人と思われるかもしれない』と周囲の目を気にして私はその場を離れた。

 しかしその時から私は白のことが頭から離れなくなった。家に帰っても家事をしても白のことが心配だった。『ご飯は食べているんだろうか?』ネットで検索し、野良猫にエサをやる功罪について調べた。(責任が持てないならエサをやるべきではない。どうしてもやりたいならちゃんと皿に入れて水も用意して片付けて帰る事)たくさんの意見があったが、私は自分を抑えられなかった。

 身体中火の玉みたいになった私は夫に

「今から白にご飯あげてくるから!今日だけだから!公園を汚したりしないから!」

一方的に宣言した。

「止めた方がいいよ~~」

夫の言葉は聞かずにコンビニで猫のエサを買いこみ、私はまた公園に駆け込んだ。あっけないくらい簡単に白は私に気付き近寄ってきたので、私は白を抱きかかえベンチまで連れていき、体制を整えてから二つの皿を並べエサと水を入れた。白は小さな体で躊躇なくガツガツと全てを平らげた。その間にも数人の人が通りすがり、気の小さな私はそのたびに縮こまっていた。

 悪いことをしているんじゃないかという気持ちより、白にご飯を食べさせたい欲求が勝っていた。白は驚くほどよく食べ、嬉しそうに青い瞳を私に向けた。

「明日も来るからね」

 

 その夜はずっと猫について検索し、白が無事かどうかを考えていた。保護猫について、桜猫について、地域猫にするには等調べながら、翌日の仕事の打ち合わせに電話をしてきた共同経営者のバウ子にも、仕事の話そっちのけで白のついてうなされた様に話した。

 恋だったと思う。恋愛をしてもこんな風になったことはなかった。我を忘れた。全身全霊持っていかれた。白のことしか考えられなかった。白のことしか考えられないのに、どうしたらいいのか全然わからなかった。もし拾って飼うとしたら、お金も時間もかかる。私の家は収集したアンティーク家具だらけで、夫は猫アレルギーだ。趣味の旅行も行けなくなるだろう。恋焦がれながらも自分の生活を案じた。どうしたらいいか分からないままだった。

 

 29日は大きな仕事が終わった確認の為、企業を訪問する約束になっていた。共同経営者のバウ子が迎えに来ても、私は

「白に会ってから!白がお腹が空いてるかもしれないから!白が!」

「約束でしょ!相手方はJ子に会いたいんでしょ!仕事終わったらね」

とあっさり連行されたが、仕事が終わると私とバウ子は緑地公園に直行した。私は動物と暮らしたことはないが、バウ子は真っ白な犬と16年間生活し、4年前に亡くしたところだった。

「どこにいるの?」

公園の駐車場に車を停め、私達は白を探した。全長1キロある公園を往復し

「いないんじゃない?」

バウ子があきらめかけた時、昨日よりずっと中央よりのガサ藪の中から白が出てきた。

「しろ!」

「小さいな。子猫だね」

バウ子は全身で覆いかぶさるように白の側にかかんだ。私が用意してきたエサと水を渡すと、手際よく皿に移し替え白に与え始めた。何人も私たちの側を通り過ぎていく。

「飼い猫だったのかな?大人しい子だね」

日頃から気の優しく人目を気にするバウ子が、人が変わったように堂々と白にエサを与え続けた。

 バウ子も私も無言だった。ジッと白の側で、食べ終わるのを見ていた。

「獣医に連れていこう」

いつも私の指示待ちのバウ子が口を開いた。

「え?連れていくの?これからどうするの?」

「こうしていても仕方ないじゃない。どうにかしなきゃいけないんだし」

私はほっとしたような、負けたような気がした。

「じゃあ待ってて!いまキャリーバック買ってくるから」

私はバウ子の返事を待たなかったし、バウ子も白に覆いかぶさったままだった。私はそのままペットショップまで走った。『バウ子がこんなに強く言うなら、バウ子が飼ってくれるかもしれない。バウ子が飼ってくれれば安心だし、私の生活も冒されない』私はそんな浅知恵を脳裏によぎらせながら、キャリーバックを買うためにペットショップに駆け込んだ。

 

 

 その後は怒涛のように過ぎた。事前に調べておいた獣医に駆け込み、白は診察を受け、ノミ取りワクチンを打ち、エイズ検査もした。その結果分かったことは、白が女の子で2歳くらいで、経産婦だということだった。

 私とバウ子は話し合い、結局バウ子が

「しょうがないじゃない。ウチに連れて帰るよ」

と言ってくれたため、私達は当座必要そうなもの、ゲージやトイレやエサなどをホームセンターで一気に買い込み、バウ子は家族の許可も得ないまま白を自宅に連れ帰った。

 バウ子の家族はビックリしたようだったがあっさりと白を家族として迎え入れてくれた。事の経緯を知った東京の私の娘が「これからたくさんの幸せがありますように!名前は大福です」と勝手に命名し、白は大福となった。

 それからは毎日、バウ子から写真や動画をラインしてもらっている。

 白はバウ子の家中を歩き回り、みんなに猫可愛がりされ、身体は大きく毛は長くなり、どんどん大福になっていった。

 今は白だったころの面影もない。

でも思う。今日も冬の緑地公園を歩きながら、ベンチに座りながら思った。

 バウ子に出来て私に出来なかったこと。こんなに白を恋焦がれているのに、なぜ私は白と生きる決心を出来なかったのかということを。バウ子も白も大きな幸福を手に入れたのに、弱虫なまま保身をした私は逃した。

 幸せを手に入れるのは、勇気がいることで、その咄嗟の判断を私は出来なかった。

 大福もバウ子もバウ子の家族も私も私の夫も幸せだ。でも私は緑地公園に行く度に白を探している。白が寒くないといいな、白が幸せだといいなと思いながら、ああもうここに白はいないんだと、公園を歩くたびに思っている。